先日、シューベルトの縁の地探索をしました。
せっかくウィーンに居るうちに、
勿論、今や隣の県のようになったヨーロッパの国々もまわりたいですが、
もはやご近所さんであるウィーン市内をまわろう計画が、今少しずつ進行しております。
時間が限られていたので、少しだけの散策でしたが、
生家からのスタートです。(上写真)
最初の部屋。
壁にはシューベルトや、彼と関わりの深かった人物の肖像画などが掛けられており、
中央では彼の作品を聴くことができるコーナーが設置されていました。
シューベルトが実際に使っていたメガネ。割れていましたが、残っているんですね。
サイズから想像するに、顔が小さかったようです。
次の部屋にはピアノもありました。
ハンガリーでリストの家に行った時は、あまりの数のピアノに驚きましたが、
貧乏なシューベルトはやはり1台か・・・。
でも、僕の感覚からすると、それが普通なのですがね。(苦笑)
「未完成交響曲」という古い映画で出てくるのですが、
シューベルトは愛用のギターを質屋に入れて手放してしまう、という話があります。
実際にどの程度ギターに愛着があったかはわかりませんが、
ギターの入った室内楽曲があることはあるみたいです。
アパートの中庭?のようなスペース。
1階左側(日本で言う2階)がシューベルトの部屋で、
その下はコンサートホールになっていて、今でも使われているそうです。
この写真では見えませんが、手前右側には井戸があり、奥は小さな花畑が広がっています。
・・・と、親切な見張りのおじいちゃんが教えてくれました。
さて、お次はリヒテンタール教会です。
シューベルトが洗礼を受け、子供の頃によく通った教会。
少々辺鄙な位置にあるせいか、観光客で賑わっているわけでもなく、
中は常時開放されているにも関わらず、ご覧の静けさ・・・。
が、しかし、これがまた何とも言えない美しさの壁面や天井に、
これだけ落ち着きのある空間がこんなところにあったのか!という驚き。
ここでシューベルトは幼い頃に洗礼を受けたのかと思うと、
しばし彼の作品を思い起こしながら、ぼーっと座り込んでしまいました。
そして、場所を少し変えて、最期の家へ。
シューベルトが親友ショーバーへ宛てた手紙。
もう寝たきりの彼は、ベッドとソファの往復だけの生活をしていたので、
親友に、自分の病気の深刻さと、何か読む本を届けてくれないかという内容が記されています。
この頃、伝染病にかかっていた彼を、最愛の兄がひきとっていたのですが、
皮肉なことに、この最悪な時期に、僕にとって大切なピアノ曲が書かれていたのです。
外にもまともに出られない、奥まった小さな部屋に閉じこもり、
何か食べてもすぐに吐き出してしまうくらいの苦しみの中、生まれた作品。
でも、彼は貧乏で病気にもなってしまい、
生前には大成功と呼べることは成し遂げられなかった(すぐには認めてもらえなかった)わけではありますが、
親友や、最愛の兄など、人には恵まれていました。
そしてこれが、葬儀が行われた聖ヨーゼフ教会。
最期の家から、すぐ近くにありました。
リヒテンタール教会とは違って、質素な内装。
1828年11月19日に永眠、翌々日、ここで葬儀が行われました。
この教会は、常時開放しておらず、柵越しにこの写真を撮ることしかできませんでした。
と、縁の地探索はここまで。
少しだけでしたが、自分にとって大切な作曲家の見ていたもの、触れていたものに、
自分も接することができて、嬉しかったです。
次は、ベートーヴェンだな。
ドイツ生まれの彼ですが、実はウィーン滞在がほとんどの生涯。
こちらも、今から楽しみです!
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